〜さざなみのおおやしま〜

何でも「少なく、小さく、軽く」が身上のミニマリスト。GAFAMの犬。楽天経済圏の住人。<サラリーマンのテーゼ>について考える。

滋賀県

国道303号八草峠付近小史@長浜市木之本町金居原付近

岐阜県揖斐郡揖斐川町から滋賀県へは国道303号をつかって木之本町に抜けるルートが最短です。現在は八草トンネルで滋賀・岐阜県境を越えるますが一昔前までは「八草峠」を越えるルートでした。国道に指定されていながらも通行が困難な箇所を「酷道」とい…

近江鉄道について

大都市間輸送という「ドル箱」を持たない地方私鉄である。 沿線に工場が立地し通勤客が、周辺は地方としては学生・生徒が多いなどの要素がありなんとか存続している。 近江鉄道自身の経営も素晴らしいものがある。中古車輛、本社は廃校舎の再利用だった。 し…

旧坂田郡新庄村について

明治22年、新庄村は岩脇村、西円寺村、箕浦村、寺倉村、能登瀬村、多和田村、日光寺村、顔戸村、高溝村及び舟崎村と合併、息長村となる。 おそらく首邑はとなりの能登瀬であったであろう。 国道8号が縦貫していること、坂田駅に近いこと、旧の近江町役場があ…

旧坂田郡息長村について

明治22年に岩脇村・西円寺村・箕浦村・新庄村・寺倉村・能登瀬村・多和田村・日光寺村・顔戸村・高溝村・舟崎村のが合併して息長村が発足。 息長村は昭和30年に坂田村と合併して近江町が発足。 平成17年近江町は米原市と合併現在に至る。 米原警察署息長警察…

米原駅〜ビッグステーション付近が開発されない理由〜

米原駅西口 東海道新幹線の停車駅、JR東海、JR西日本の新快速の始発駅、北陸線の始発駅。 JRのない東近江市八日市方面へいける近江鉄道の始発駅。 駅構内には改札付近にセブンイレブン(7:00〜21:30)とホームにそば屋、在来線駅内に井筒屋さんのお弁当の出…

近江孤篷庵(紅葉の名所)@長浜市上野町

里山の名庭園はきれいさび日本三大茶人・小堀遠州の菩提寺。 枯山水と池泉回遊式庭園。いわゆる「きれいさび」の庭園。白洲正子も愛した庭。廃寺同然であったが地域の人々が手をいれて徐々に復活させていった。 やがて人間国宝級の絵師や庭師も共感して協力…

朝妻港跡@米原市朝妻筑摩

朝妻湊は古代から東海・北陸地方の人の行き来や荷物の運搬など、湖上交通の要港として発展。奈良時代には朝廷の台所である大膳職御厨が置かれ、北近江、美濃、飛騨、信濃などの諸国から朝廷に献上される品物や税、それに木材や食料などが集積され、大津や坂…

うろこや総本店@尾花沢市尾花沢

よきに似よ あしきになよ 世の鍋の 人の心は自在なりけり 1684年創業の老舗。初代・戸田安右衛門は近江から出羽に降るときに、千手観音(現在は山形県有形文化財に指定)を背負ってきという近江人らしいエピソードも持つ。 現在でも「始末第一」「質素倹約」…

醒ヶ井駅@米原市醒井

滋賀県にあるがJR東海の駅。 2020年1月現在では、ここまでがトイカ のエリアで隣の米原はトイカ のエリア外ということになる。 米原駅までエリア拡大の予定はあるそうである。 昔は広めの無料駐車場があり、駅利用者や醒ヶ井宿の観光や散策にも利用でき…

醒井水の宿駅みゆき@米原市醒井

新・日本名水百選のトップ当選の場所に立つ水の駅。 むかしからここで水を汲んでいた。 コーヒー、紅茶、緑茶に入れるとうまい。 ご飯を炊いてもおいしい。 そのまま飲んでも当然うまい。 ひっそりとしているのがまた風情でいい。 実家から引き取った飼い猫…

醒ヶ井宿@米原市醒ヶ井

旧八代食料品店。現在は閉店。 醒井宿は中山道61番目の宿場だった。 豊富な湧水がに恵まれていた。 清冽な水は旅人の疲れを癒した。 今も地蔵川の清らかな流れが町を潤していて、人々の生活に結びついている。 かつて毎週末のように近江を訪れていた頃、醒井…

旧坂田郡醒井村について

明治22年、一色村・醒井村・枝折村・上丹生村・下丹生村・榑ヶ畑村の区域をもって発足。 昭和31年、息郷村・米原町と合併し、改めて米原町が発足。 同日醒井村廃止。 さらに米原町は伊吹町、山東町、近江町と合併し現在の米原市となる。 今でも米原警察…

旧坂田郡菅江村について

菅江とかいて「すえ」と発する。 琵琶湖からも離れた字名に江が入るのは、いかにも奇妙である。 調べると菅江には須恵器の窯跡跡の遺跡があるとのこと。 須恵器は陶器と区別するため敢えて須恵と表記されている。 陶はスエとも読めるのである。 付近の横山丘…

定楽寺@米原市夫馬

かつて曠世学校(明治9.10.1)があった場所。 講堂を学校として使用していたものと思われる。 曠世学校が現在の米原市立大原小学校の起源のひとつ。 現在の上夫馬村、下夫馬村の子供たちが通っていたらしい。 上夫馬村は現在の米原市朝日の一部。 観音…

坂田郡大原村について

明治22年から昭和30年にかけて坂田郡大原村は存在した。 存在したが、現在は地名として残っておらず、僅かに駐在所、小学校などに残っているのみである。1300年ほどまえ、この地が開墾されたときにおおまかに「大原郷」と呼称され、後に「大原荘」と…

光明院@米原市加勢野

真言宗智山派の寺院。 山号は松鼻山。 甘露王如来を本尊とする。 鎌倉時代の宝篋印塔、円空作と言われている不動明王立像が市指定文化財となっている。 滋賀県に残る円空仏は少なく貴重である。 大原重綱が開基し、大原氏3代・大原時綱が現在地に移して大伽…

菜の花心療クリニック@彦根市大東町

www.nanohana-shinryou.com 半年ほど糖尿内科でお世話になっている。 先生が彦根市民病院、北大路病院にいるときも心療内科でお世話になった。 彦根の糖尿内科を探していたら、まさかの馴染みの先生が彦根で、開業されていた。 小躍りした。 半年ほど通院し…

ヒノキ新薬びわこ湖北寮@長浜市西浅井町大浦

「モダニズムに背を向けた哲学的建築家」と呼ばれた白井晟一氏の遺作。 ヒノキ新薬株式会社所有の研修・保養施設として使用されている建築物。一般公開はされていない。 1984年10月竣工、RC造、地下1階・地上2階。琵琶湖に向かって翼を広げたようなL字型。…

伊吹山文化資料館

旧春照小学校春照分校の校舎をリノベーションした。 リノベーションについては文科省から表彰を受けたらしい。 春照小学校は旧春照村の小学校である。 旧春照村でも大字春照は最も西にあった。 このため春照に分校が設けられた。 春照小学校春照分校という不…

大東中学校@米原市池下

「大東」という聞き慣れない名前を冠した中学校である。 旧大原村と旧東黒田村を学区とするため、大東中学校というらしい。

旧坂田郡本市場村について

「本市場」という地名であるが、周辺の字と比較しても賑やかだったという印象はない。 明治7年に市場中村と本庄中村が合併し本市場村となったことが由来らしい。 本市場村は明治22年に大原村、大原村は昭和30年に山東町、山東町は平成17年に米原市へ…

深谷駅跡@米原市大野木

深谷駅はかつて滋賀県坂田郡伊吹村に存在した駅である。 現在関ヶ原駅から米原駅に向かう東海道線は、明治16年の開業当初は関ヶ原駅から長浜駅へと向かっていた。 長浜から汽船で琵琶湖を渡り大津駅へと連絡していた。 明治22年には当駅付近から米原を経…

旧坂田郡朝日村について

上夫馬村と観音寺村が合併し、朝日村となる。 大原村、山東町を経て米原市となる。 朝日地区は夫馬(下夫馬)に比べると廃屋も少なく。 小さいながらも宅地開発された箇所も見受けられる。 少子高齢化は比較的緩やかな地区に思えた。

柏原駅@米原市柏原(県境の駅)

県境の駅。 場所としては滋賀県になるがJR東海の駅となる。 大変に小さい駅であるが、東海道本線の駅である。 30分に1本は電車がある。 一時間程度で名古屋、京都まで出ることができる。

永明寺@米原市柏原

柏原の集落から離れた場所にある。大きな寺院。 ウェブをみるに住職はいる模様だが、作成日時が古く、1944年生まれとなっているので、現在はどうかわからない。 現地にいったときは無住のように思えた。 手入れはキチンとされており廃寺の雰囲気はない。…

久保田電気多賀店@犬上郡多賀町多賀

いつも電機関係の修理・修繕等やっていただいいる。 丁寧で誠実な業者さん。 電機関係は家に入ってもらうことになるので、信頼できる業者さんというのは、ありがたい。 ものすごくおすすめ。 間違いない。 量販店で買ったパナソニックの食洗機も修理・再設置…

成菩提院@米原市柏原

天台宗の寺院。 寂照山円乗寺。 811年最澄が東国布教の途中この地に談議所を建立したのが寺の起源。 本尊は十一面観音。 その後寺はしだいに整備されてついに延暦寺の別院に昇格。 1326年越前平泉寺の衆徒が大挙乱入、堂塔をやいたたため寺運は一時お…

平和堂米原店の想い出@米原市下多良

1986 開店 できた当初は「ジュニアデパート」という形式もあり、彦根からも買物客が訪れた。 1階はスーパーとフードコート等、2階衣料品、3階は書店・おもちゃ屋さん等の典型的なGMSだった。 やがてテナントの撤退が目立つようになった。 底地の賃借期間…

春照小学校及び旧坂田郡春照村について

春照小学校の所在地は米原市春照ではなく米原市杉澤である。 これはかつての坂田郡春照村立春照小学校であったことの名残である。 春照村は藤川、上平寺、大清水、村木、杉澤、高番及び春照の字から成っていた。 字春照は春照村の最西の字であるため、杉澤に…

旧坂田郡東黒田村について

万願寺、長岡、西山、志賀谷、堂谷、本郷、北方、菅江、山室及び大鹿が東黒田村を形成、やがて山東町、米原市の一部となったらしい。 旧村の地名であるが、大字名としては残ってはいない。 東黒田村はわずかに警察官駐在所に名前を残すのみとなったのだろう…